NO SMOKING!
※ぬるいですがグロイ描写やカニバリズム(人肉喰い)要素が入っています。
血が苦手なかたはご遠慮ください(汗)
―――――――――其処は強烈な血臭に満ちていた。
ぴちゃ、ぴちゃ、と微かな水音が響くたび、その吐き気を催す臭いは濃く強くなっていく。時折水音には硬い骨をかじるような音が混じり、それが咀嚼音であることをささやかに、しかし十二分に主張していた。
荒れ果てた大地、異様なほど蒼い空、目に見えるほどの深紅色の臭い。
そんな悪夢の一幕のような情景に、ふと、場違いともいえる声が響いた。
「・・・・
まだ喰うのかよ。」
ぽつり、と。心底うんざりとしたような、それ故にどこか聞く者の苦笑を誘うアルトの声は、その声の主自身の右手―――血臭の源に向かって呟かれたものだった。
「・・・・・。」
視線の先には半ばまで骨だけになった腕と、それを無心に喰らい続ける少女。否、少女の形をした何か。
ぴちゃっ、 がりっ、 ぐちゃっ、 ボキッ・・・・
血液を拭われ白い骨に鮮やかなピンクとどす黒い赤。紅く染まった唇を新たに無傷な上腕部によせたソレに眉をしかめた少年は、しかしやれやれ、とでも言った風に溜息をついただけだった。
咀嚼音は止まらない。
生きながらに喰われるという、常人であればいっそ発狂して然るべき出来事。
しかし、彼にとっては云わばそれこそ日常の茶飯事であるらしい。
無事な左手でごそごそとポケットを探る。そして、目当ての煙草を見つけると、そのまま軽くくわえ、片手だけで器用にマッチで火をつけた。
ふぅっ、と紫煙とほろ苦い香りが広がる。成年に達するにはまだ間があるだろうに、やけに自然に煙草をくゆらす少年がかすかに目を細めた、その時。
ビシャッ!!
いきなり鉄臭い液体が、少年の顔に浴びせ掛けられた。
「なっ・・!?何しやがるッ!」
顰めた視界の端、荒野と同じ、黄砂色の髪からすら滴る深紅。
とっさに少女を睨みつける少年。まあ、血を―――しかもよりによって、自身の血を―――鼻面に浴びせかけられたのだから、無理もない。
「 食いもんを粗末にするな!! 」
・・・ ただしどこかズレている。
どうやら彼にはしっかり自身が食料だという自覚が出来ているようだ。
嗚呼、通常どれほど粗末にされようと無駄に残されようとただただ泣き寝入るしかなかった食料達がこの言葉を聴けば、拍手喝采間違い無いだろう。
非情なる消費者に抗議する術を有した唯一の食料。まさに彼こそ地上ありとあらゆる食品の憧憬、尊敬、崇拝の的。地平線さえ越えて涙混じりの斉唱。ああ、貴方様こそ大食料共和国の大統領に相応しい!如何なる肉も魚も野菜も珍味もゲテモノも、長年争っていたパン派と米派さえも貴方の御味方にございまする!!
・・・ まぁ、おそらく一部畜生達からは、『その前に喰うなと抗議しろ!!』という盛大なシュプレヒコールが巻き起こるだろうが。
―――――閑話休題。
「粗末にしたくないから、やったのだ。」
そして、自身が頬張っている肉の怨嗟の視線を至近に受け、それをまったく気にした様子もなく無表情に答える少女。
「なにぃ・・・?」
睫毛に付いた血糊の煩わしさも相俟ってひどく目付きの悪い少年に
「煙草を吸うなと、言いたかった。だがどうせお前は言っても聞かないし、私も口がふさがってい たからな。」
合理的だろう?と悪びれた様子もなく首を傾げる少女。確かに、煙草の火は消えている。
「煙草はニコチン性アルカロイドとやらを含む毒物だ。体に悪いぞ?」
「体に悪いって・・・あのな、お前に喉首噛み千切られようが齧られようが食われようが喰われよ
うがついでにも一つ喰われようが“死なない”俺にンなもん今更だろうが!」
「何より肉が不味くなる。」
「結局飯のためかっ!?」
「お前が他の人間は食うな、その代わりに自分の肉を食ってもいい、と言ったからこそ私はお前と
行動を共にしているのだぞ?
最初に言っただろう。不味くなったら見捨てるからな、と。」
ぺろり、紅い唇の上の鮮赤を甘露であるかのように舐めとり、少女はのたまう。
「やっぱり食い気が・・」
「ああそれから。
最近、脂身が少なすぎるぞ?もっと肉と穀物を食え。乳酸も多すぎる。さらに言うなら血液中の
塩分濃度が・・・」
延々、「もう少し自炊しろ、規則正しい生活をしろ、コラーゲン摂取だ」等等美容、健康法まがいの警告から、果ては肝臓の舌触りに筋繊維の歯ごたえまでを真顔で言い募る少女に
少年が耐えられたのは時間にして約三十分と十二秒ほどであった。
さほど意味の無い忍耐力ではあったが。
「――――〜ッ ざっけんなぁぁっ!!
っ、もうなんもかんもやり尽くして、後は飯と煙草と酒だけが楽しみだってのに、なんでンな小
姑みたいなこと言われなきゃならんッ!?
つーかお前のグルメ講座は食欲ガタ落ちだから普通にッ!!」
何が哀しくて自分の骨髄の喉越しなんぞを知らなきゃならねぇんだ!!と片手で頭を抱える少年に
「ああ、酒もしばらく控えた方がいい。
だが、なんにしても煙草の方はしばらくは摂取できないこと確定だな。」
淡々とした口調そのまま、無感情な少女の目線の先――――丁度少年の欠けた手の真下には、開いたままの傷口からの滴りにぐっしょり真っ赤に濡れたズボン。
そして―――――
「・・・うあ全滅?」
濡れてしけってしまったであろう煙草、の入ったポケット。
「ッぁあ゛〜・・!!
前の町でおろしたばかりだっつーのに・・・」
がっくりと肩を落とす少年。ポケットの中、剥き身の紙箱からは赤く湿った紙筒が一本、
二本、三本・・・略。
が。
「お・・っ!一本無事か!?」
中には、どうやら奇跡的に濡れずにすんだ物があったらしい。少年の、たった一つ残った手のひらには、やはりたった一つの真っ白な紙煙草。
運だかツキだか神だかは、まだ彼を見捨ててはいなかったのだ!
――――― が、次の瞬間見捨てた。
ひゅっ、と風が一閃。紛れもない鋭利さは少年に身じろぎ一つする暇すら与えず。
硬直した少年の、硬直した視界に、真っ二つにされた紙筒がやけにゆっくりと手の平からからこぼれ落ちていった。
さらにその視界の端には、ナイフよりよほど凶悪な爪をかまえた少女。
「 煙草は、肉に良くない。 」
・・・――― ぽちゃん。
重々しい言葉と共に煙草が己の血溜りに落ちる音を遠くに聞きながら、今度こそ少年は灰になった。
■THE END■
▼後書き▼
単にカニバリズムなシーンが書きたかっただけという事実。
しかし突発短編のはずが実はうっかりシリーズ化しています(苦笑)。学生生活のノリと友人の優しさって恐ろしい。これから色々増えるかと思いますが、基本的に設定も泥縄式でございます(言っちゃった…!)。
人型妖魔ニルバーナと不死人幸の物語。これ以上グロイものは今のところできていないので、この一話を試金石にどうぞ。
最後に、これを読んで気分が悪くなった方がおりましても当方責任は負いかねます(逃げ)
(一応警告ありますし!)